犬や猫から人へ感染する感染症には「狂犬病」が広く知られていますが、「カプノサイトファーガ感染症」と呼ばれる感染症をご存知でしょうか。
人獣共通感染症(ズーノーシス)の一つでもあるカプノサイトファーガ感染症とは、動物の口腔内に常在する細菌に感染することによって発症する感染症のこと。当然ながらペットとして飼われている犬や猫の口腔内にも常在しています。
もくじ
ペットから感染!?カプノサイトファーガ感染症とは?
カプノサイトファーガ感染症とは、動物の口腔内に常在する「カプノサイトファーガ(Capnocytophaga)」と呼ばれる細菌に感染することによって発症する感染症のこと。人獣共通感染症(ズーノーシス)の一つでもあります。
当然、ペットとして飼われている犬や猫の口腔内にも常在していますが、実はわたくしたち人間の口腔内にもカプノサイトファーガという細菌は存在しています。
カプノサイトファーガは現在で9菌種が確認されており、ヒトの口腔内に常在するカプノサイトファーガは歯周病関連菌として知られています。この内、3菌種は犬や猫に常在し、ヒトに感染することでカプノサイトファーガ感染症を引き起こす要因となる場合があります。
カプノサイトファーガの3菌種
菌種 | 犬 保菌率 | 猫 保菌率 |
---|---|---|
カプノサイトファーガ・カニモルサス (C.canimorsus) |
74%〜82% | 57%〜64% |
カプノサイトファーガ・カニス (C.canis) |
54% | – |
カプノサイトファーガ・サイノデグミ (C. cynodegmi) |
86%〜98% | 84%〜86% |
※酪農学園大学動物薬教育研究センター より
数年前では、犬よりも猫のほうがカプノサイトファーガの保菌率も高く、猫に咬まれることでカプノサイトファーガ感染症を引き起こすと考えられていました。
しかし、上記の通りそれぞれのカプノサイトファーガの保菌率は猫よりも犬のほうがむしろ高い事がわかりました。
カプノサイトファーガ・カニモルサス(C.canimorsus)
カプノサイトファーガの中で、最も感染例が多く見られるのが「カプノサイトファーガ・カニモルサス(C.canimorsus)」。
犬や猫によるカプノサイトファーガ感染症の多くがカプノサイトファーガ・カニモルサスによるものであるため、カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症と表記されることも多いようです。
カプノサイトファーガ・カニス(C.canis)
犬や猫が保菌するカプノサイトファーガの中でも「カプノサイトファーガ・カニス(C.canis)」は2016年に登録されたばかりの菌種です。
これまでのカプノサイトファーガ・カニス感染症に関しては3例で、うち1例は死亡例となっています。
カプノサイトファーガ・サイノデグミ(C.cynodegmi)
最も保菌率の高い結果となった「カプノサイトファーガ・サイノデグミ(C.cynodegmi)」。1993年〜2017年の間で国内感染例は2例ほど。いずれも軽症例とのことです。
カプノサイトファーガ感染症患者の95%は中高齢者
1997年〜2017年までの統計によると、カプノサイトファーガ感染症患者の年齢層が40歳以上の方で、95%を占めているという結果が出ています。
また、その中でも免疫力の低下を招くような基礎疾患を患う方が、カプノサイトファーガに感染しているケースが多いという点です。
代表的なものでは「糖尿病」が挙げられますが、免疫力の低下を引き起こす疾患にも以下のように様々な病気が存在します。
- 糖尿病
- 肝硬変
- 全身性自己免疫疾患
- 悪性腫瘍
免疫力が低下してしまうと風邪をひきやすくなるなど悪影響が体にみられます。この結果からは、カプノサイトファーガ感染症は免疫力が低下している方のほうが感染しやすいという推測ができます。
40歳以下でも感染確率が下がるわけではありません
上記の説明では、40歳以下で免疫力が低下するような病気をしていなければ安心と思われるかもしれませんが、そうではありません。
40歳以下であっても不摂生な生活を送っていたり、病気がちな方は感染症の危険性は高くなるでしょう。40歳以上というのはあくまで統計的なもので、人によっても変わります。
あくまでも体の免疫機能が低下していれば、カプノサイトファーガ感染症を発症する可能性は高くなると言えますし、40歳以上でも免疫力が高ければ感染する可能性も低くなるでしょう。
ただし、40歳以降は体の免疫力が低下してくる年齢ですので注意は必要です。また、年齢に関わらずケガをしている場合は傷口を舐めさせないようにするなど、十分に注意しなければなりません。
アルコール依存症の方も十分に注意が必要
カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症において、約24%を占める割合の方がアルコール依存症であるというデータも出ています。
アルコール依存症の方は血中の鉄分が増加するようですが、同時にカプノサイトファーガ・カニモルサスについても成長するためには多くの鉄分を必要とするのだそう。
つまり、アルコール依存症患者の方はカプノサイトファーガ・カニモルサスにとって成長しやすい環境であり、感染症発症のリスクが高くなるわけです。なお、アルコール依存症の他にも喫煙者の方もリスクは高いと考えられています。
海外で報告されるカプノサイトファーガ感染症の事例
2007年にオーストラリアで起きたカプノサイトファーガ感染症。
この患者は一命を取り留めたものの、左の膝下切断・右足の一部切断・手足の指全体を切断することになってしまいました。因みにこの患者は、感染症発症の数週間前に左足にやけどをしており、やけどした部位を子犬が舐めていたのだそうです。
医師たちは患者がカプノサイトファーガ・カニモルサスに感染している事を突き止めましたが、感染症の原因を特定できるまでに2週間以上の時間を要しました。
ペットから感染したカプノサイトファーガ感染症で手足切断の重症を負ったケース
この他にも2018年にはアメリカで、カプノサイトファーガ感染症による両手両足切断する事件も発生するなど、度々カプノサイトファーガによる事件は発生しています。
日本ではまだまだ認知度の低いカプノサイトファーガですが、テレビ番組などでも時折取り上げられるなど、徐々にカプノサイトファーガ感染症の驚異について触れられるようになってきました。
カプノサイトファーガの潜伏期間と症状
カプノサイトファーガの潜伏期間は、おおよそ1日〜14日ほどと考えられており、その多くは1日〜5日と言われています。
カプノサイトファーガ感染症を発症した場合には、以下のような症状が見られるようです。
- 発熱
- 倦怠感
- 腹痛
- 吐き気
- 皮疹
- 血圧低下
- 頭痛
いずれの症状も「風邪」と間違えてしまいそうな症状ですが、こうした症状を経て重症化してしまった場合には「敗血症」や「感染性心内膜炎」「細菌性髄膜炎」「胆嚢炎」など、様々な病気を引き起こしてしまいます。
カプノサイトファーガ感染症の死亡率は高い
日本国内においては1993年〜2017年までの統計で93件の発症例が確認されており、そのうち19件が死亡例となっています。
カプノサイトファーガ感染症を発症した場合の死亡率はおよそ13%〜33%となっており、症状が重症化してしまい「敗血症性ショック」や「多臓器不全」を引き起こしてしまった場合の死亡率は60%〜80%まで上昇してしまいます。
死亡例では急激に敗血症に至ることが多いようで、ICUにはいってから1両日中に亡くなられるケースが多いそうです。
ペットからカプノサイトファーガに感染する確率は低い
すべての犬が100%の確率でカプノサイトファーガを保菌しているわけではありませんが、国立感染症研究所獣医科学部第一室による2004年〜2007年にかけての調査では、犬が92%、猫が86%という割合でいずれかのカプノサイトファーガを保有している事が判明しています。
こうして数字で見ると感染の確率が高い感染症のように感じますが、実際のところカプノサイトファーガ感染症の感染確率はかなり低いものとなっています。
現在におけるカプノサイトファーガ感染症の発症率は、オランダの報告でも100万人あたり0.67例。この数字から、犬を飼う人の99%以上は発症する可能性が無いとも考えられており、発症率としては非常に低いものとなっています。
カプノサイトファーガ感染症の予防や検査について
カプノサイトファーガ感染症を予防するためには、犬や猫に咬まれないようにすること、傷口を舐めさせないようにするなどの予防策を講じることが重要です。なお、万が一咬まれた場合や傷口を舐められた場合には、すぐに水で洗い流す事も大事になってきます。
特に注意が必要なのは、免疫力の低下するような薬を飲んでいる、もしくは病中の方です。こうした方が犬や猫に咬まれた場合には、念の為、病院で検査を行うようにしましょう。
カプノサイトファーガ感染症の治療方法
カプノサイトファーガ感染症の治療方法に関しては、感染が認められる局所への破傷風感染防止などの処置が行われ、抗菌薬の投与を行うことで治療が施されます。
後述しますが、カプノサイトファーガ感染症に対してのワクチンは開発されてはいませんが、抗菌薬に対しては感受性を示すと言われており、耐性を示す抗菌薬は一部とのことです。
カプノサイトファーガ感染症の予防接種やワクチンは存在する?
同じズーノーシスでも、「狂犬病」は犬がウイルスに感染することによって発症する感染症なので、根本的には犬がウイルスに感染しないように予防接種を行うことで対処可能となります。
しかし、カプノサイトファーガ感染症に関してはワクチンもなく、なおかつ犬や猫が常に細菌を保持しているため、犬や猫に対して行われる対処方法はありません。
また、感染ルートや感染例についてのデータもまだまだ少なく、人向けのワクチンも存在しませんので、予防接種を行うといった対策をとることは出来ません。
ペットの保菌率を検査することは可能?
中には愛犬・愛猫のカプノサイトファーガの保菌状態・保菌率を検査したいと考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし、前述したとおりカプノサイトファーガは犬や猫、人も保菌している菌ですので仮に菌が確認されたからといって、カプノサイトファーガを排除することは出来ません。
また、愛犬・愛猫の保菌状態を検査する機関もありません。基本的に、愛犬・愛猫にはカプノサイトファーガが常在していると言うことを前提として考えていたほうが良いでしょう。
カプノサイトファーガを理解する事が感染症を予防する手段に
カプノサイトファーガ感染症の症例も世界的に見ても多くはなく、まだ研究段階といえる状態ですので決して油断することは出来ませんが、実際のところ発症率も低い感染症です。
カプノサイトファーガについて理解しておけば、カプノサイトファーガ感染症から身を護る事はできますので、正しい知識を身に着けておくようにしましょう。
ペットとのスキンシップも適度に
今回はカプノサイトファーガ感染症について解説してきました。油断することはできませんが、基本的にカプノサイトファーガ感染症を引き起こす可能性は限りなく低いとも言えますので、あまり神経質にはなりすぎないようにしましょう。
ただし、免疫力の下がっている方、怪我をしている方、アルコール依存症の方は注意が必要です。喫煙者に関しても注意は必要ですので、愛犬・愛猫との過度なスキンシップは避けるようにしましょう。また、思い当たるようなことがあれば検査を受ける事も大切です。
私自身も愛犬と毎日のようにスキンシップをしているので、決して他人事ではありません。私のように愛犬・愛猫と熱烈なスキンシップをとっている方も少なくないと思いますので、カプノサイトファーガについてしっかりと理解しておくようにしましょう!
【参照】
- Wikipedia : Capnocytophaga canimorsus
- Wikipedia : Capnocytophaga
- 厚生労働省 : カプノサイトファーガ感染症に関するQ&A
- 厚生労働省 : カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症に関するQ&Aについて
- ペットとのキスはどれほど危険なのか? : NATIONAL GEOGRAPHIC